パレ・ロワイヤル
- Palais Royal -
M1/7 Palais royal Musée de Louvre下車

 

 ルーヴル宮殿に隣接したこの古い城館は、ベルばらMC4巻で、黒い騎士の根城となり、オスカルとロザリーが捕らえられた場所として登場しました。さらには、ベルナールが、アベイ牢獄に捕らえられたアラン達を救うための、またフランス革命へのきっかけとなる演説をした場所でもあります。

  1624年、ルイ13世の宰相リシュリューはルーブル宮に隣接した土地を購入し、そこに邸宅と庭園を建てました。1642年に彼が死去すると、Le Palais Cardinal(宰相邸)は国王ルイ13世に遺贈され、翌年、幼い国王ルイ14世とその母である摂政アンヌ・ドートリッシュ(ルイ13世妃)がこの館に移り住んだため、Le Palais Royal(王家の邸宅)と呼ばれるようになりました。
 その後、館はルイ14世の弟フィリップ・ドルレアンのものとなり、以後代々オルレアン家の居城となります。

 1780年頃、オルレアン公フィリップ(後のフィリップ=エガリテ)は、財政難のため、現在のように庭園を囲む3つの回廊−モンパンシエ、ヴァロワ、ボジョレーを作り、その1階を店舗として一般に開放しました。回廊には100以上のカフェや書店などができ、多くの人で賑わうようになりました。また庭園は警察の出入りが禁じられた為、数多くの論客や反体制主義者などが集まる場所となりました。いくつかの思想クラブも作られ、その中にはシェイエスによるヴァロワ・クラブもありました。シェイエス自身、この回廊の上階に居住していました。

 1789年7月12日、時の財務長官ネッケルの罷免の知らせを受け、カミーユ・デムーランは「市民よ、武器を取れ」と演説し、それがフランス大革命へとつながっていきました。デムーランが演説をしたのは、モンパンシエ回廊57〜60番地にあったカフェ・ド・フォワ Café de Foy の前と言われています。

 1793年にフィリップ=エガリテの逮捕とともにパレ・ロワイヤルは国家に摂取されました。1817年、王政復古期にふたたびオルレアン家のものとなりますが、2月革命後ふたたび国家財産となり、現在に至ります。

 現在、パレ・ロワイヤルには文化省、憲法評議会 Conseil Constitutionnel、参事院 Conseil d'Etatが入っています。

 
公式サイト:http://www.palais-royal.org/

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