コンコルド広場
- Place de la Concorde -
M1/8/12 Concorde下車

 

 シャンゼリゼ大通りとルーヴル宮殿を結ぶ直線上にある、パリでもっとも大きな広場。フランス革命期、ギロチンがここに置かれ、国王ルイ16世をはじめとした多くの人の血を吸った場所として有名です。

 この広場は18世紀半ば、ルイ15世の銅像を迎える為に作られました。広場の北側には、ジャク・アンリ・ガブリエル設計による宮殿が建てられました。現在はオテル・ド・クリヨンと海軍省となっています。当時はルイ15世広場 Place Louis XVと呼ばれました。

 フランス大革命期、革命広場 Place de la Revolucion と名前を変え、ここにギロチンが置かれ、ルイ16世、王妃マリー・アントワネットやダントン、ロベスピエールら、1793年から1795年の間に約2800人もの処刑が行われました。1795年、コンコルド(=融合)広場と名前を変え、その後の王政復古(1815年)により再びルイ15世広場となり、1830年に現在のコンコルド広場に落ち着きました。ギロチンが置かれていた場所には、マルリーの騎馬像の複製が置かれました(オリジナルはルーヴル)。

 現在その場所に置かれているのは、ルクソールのオベリスクで、1836年にルイ・フィリップ王によって設置されました。高さ22.38m、重さ230tのこのオベリスクは、エジプトから贈られたものです。またその頃、二つの美しい泉も創られました。
 オベリスクの足元には、ルイ16世とマリー・アントワネットが処刑された旨を記したプレートが置かれています。

 

 

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