コンシェルジュリ
- La Conciergerie -
M4 Cité下車

 

 アントワネットが最後に辿り着いたのが、ここコンシェルジュリの牢獄。ここで断頭台に上るまでの最後の日々を過ごしました。

 コンシェルジュリはカペー王朝(941〜1328年)の王宮の一部で、シャルル5世(在位1364〜1380年)が居を移る際、ここに政府機能(議会等)を置き、コンシェルジュ(門衛)を任命したことで、「コンシェルジュリ」と呼ばれるようになりました。
 革命期、1793年の国民公会により設置された革命法廷はここコンシェルジュリに本拠を置き、2年間に約2700名がここからギロチンに送られました。その中にはマリー・アントワネットをはじめオルレアン公フィリップ(フィリップ・エガリテ)やダントン、カミーユ・デムーラン、ロベスピエール、サン・ジュスト、ロラン夫人、シャルロット・コルデーも含まれています。
 19世紀になってからも引き続き牢獄として使用されましたが、1914年に廃止され、歴史資産に指定されました。


≪内部見学のポイント≫
 入口に日本語のパンフレットがありますので、忘れずにもらいましょう。

 見学は順路に従って進みます。いくつかの独房や雑居房、そしてマリー・アントワネットの独房(再現)、礼拝堂(アントワネットの独房があった場所に造られたもの)を見学することが出来ます。

●ギロチンリスト
 フランス革命やギロチンについてのビデオが流れる部屋には、ギロチンに送られた人のリストが張り出されていますので、知っている名前を探してみるはいかがでしょう。ちなみに、ルイ16世(ルイ・カペー)とマリー・アントワネットは隣同士に並んでいます。偶然とはいえ(アルファベット順に並んでいるので)すごいです。また、このリストには結構誤植もあったりするようで、サン・ジュストはそのおかげでなかなか見つけることができませんでした。

●マリー・アントワネットの独房(再現)
 アントワネットが過ごした、粗末なベッド、机、椅子しかない薄暗い独房が再現されています。ついたてを隔てて彼女を見張る衛兵の姿も。また、アントワネットが使っていたリネンや聖水入れなども展示されています。

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