バスティーユ
- Bastille -
M1/5/7 Bastille下車

 

 言わずとしれた、オスカル戦死の地。ベルばらファンの聖地です(笑)。ここで祈りを捧げている日本人がいたら、それは同志です(笑)。

 14世紀中頃、ちょうどパリの西端にあたるこの場所に、パリを守るための砦が建てられました。砦は8つの塔からなり、それぞれの塔は石壁でつながれていました。17世紀からは牢獄として使用され、主に裕福な囚人が収容されていました。ここに収容された囚人には、サド侯爵やヴォルテールなどがいます。

 そのバスティーユが歴史の舞台に躍り出たのは、1789年勃発したフランス革命でした。7月14日、アンヴァリッドで武器を奪った民衆は、アンシャン・レジーム(絶対王政)の象徴とされていたバスティーユ牢獄に向かい、これを陥落。ここにフランス大革命の火ぶたが切って落とされたのです。

 牢獄は一年後に解体されました。その石を使った模型がカルナヴァレ博物館に展示されています。また、バスティーユの敷石は、地下鉄バスティーユ駅構内(5号線、Bobiny方面行きホーム)に残っています。近くのアンリ・ガリ公園でも、バスティーユの「自由の塔」の敷石を見ることができます。

 現在は中央に七月革命慰霊碑のあるロータリーになっており、交通量も多く近づくことはできません。車道には、当時の牢獄の位置が示されています。

 


アンリ・ガリ小公園にある「自由の塔」跡

バスティーユ駅構内にある敷石

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